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『真珠の道』(18)

2009年01月10日 08:44

5月1日

こんなによく眠れたのは初めてかも。
すごく元気でもったいないくらいだけど、
ここからはバスに乗る、と決心をしたのだ。
足の痛みはもう限界だし、ブルゴスの近くは工業地帯らしいので。

アルベルゲの親父に教えてもらって1時間も歩いてバス停のあるところに着いた。
しかしいくら待ってもバスは影すらみせない。
お向かいの村の店が開いた。
聞きにいったらいとも簡単に「今日は5月1日、休日だからバスは走らない」だって。

結局村から出てきた一台の車をヒッチハイクした。
なんとカリスマ派のおばさんだった。
車の運転は大丈夫かと心配になるほど熱っぽく神を語ってくれた。
「神はあなたの内にいる」と。

ブルゴスのカテドラルではちょうど結婚式のミサが行われようとしていた。
参加させてもらった。

薬局も医者も今日はだめ。
街の中にアルベルゲがあるはずなのに見つからず、
ホテルを探しても休日で満杯。
街は大きく美しく観光客でいっぱい。
川沿いの公園を郊外のアルベルゲまで痛い足を引きずって歩いた。

外から見ると兵舎のよう、中に入ると牢獄のような大きなアルベルゲ。
ぎゅうぎゅうずめ。トイレは扉がなくビニールのカーテン。
庭はゆったりとしているし天気はいい。
韓国の女の子とレストランでの食事から帰ってきたら庭のテーブルで
韓国人の御婦人が一人で食事をしていた。同じ世代。ドイツに何十年と住んでいるそうだ、
彼女と二人で散々言いたい放題で発散した。



5月2日

先へ行くことにした。足は痛むがこの街に留まる気にならなかった。
強い日差しの中を足を引きずりながらやっとたどり着いたホルニロス・デル・カミーノ。
村の真ん中、教会のすぐ前の小ぶりの石の建物。ぎりぎり最後のベッド。
体格の良いホスピタレーロ(巡礼宿の世話人)が私のリュックを部屋まで運んでくれた。
昨日ブルゴスでおしゃべりした韓国人がご飯を炊いたのを分けてくれた。
この旅ではじめてのご飯だ。おかず無しだが『ご馳走』としていただいた。

キッチンでハンガリーの恋する男と恋されているドイツの女とドイツに住んでいる昔恋した韓国人と
大昔恋をした日本人の4人で、なぜカミーノを歩くかから始まりさまざまな話をがんがんやった。
社会問題から歴史問題からやはり戦争の話も出て『お前の国はこんなこともやったではないか」
で緊張した。
いい訳めいたことを言ってしまってからしまったと思った。
未来に向けて平和を望むから話すのだ、お互いのしこりを解くために話すのだと思う。
こんどこのような場に出会ったら個人として謝りたいと思う。

昨日も狭いベッドコーナーで一緒だったデンマーク人のおばあちゃん、私の下のベッド。
三度目のカミーノだって。今回はもう歳だからレオンまでにしておくって。
お向かいのベッドの67歳のアメリカ人、両親がメキシコからアメリカへ移住したという、も三度目だって。
二人とも何度やってもカミーノは素晴らしいって。
夜二人で長いこと静かにおしゃべりをしていた。二人の穏やかさが聞いていて心地よかった。


昼間井戸のある休憩所で一緒になったカタルーニャ人のグループの女の人、
具合が悪くなりタクシーで病院へ行った。もう歩けないのだ。
こないだのクリスティーヌもこの村の入り口でもう歩けなくなったと。
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